北朝鮮の金正日総書記の訪中に関係国が注目している。ボズワース米特別代表(北朝鮮政策担当)の訪朝で6カ国協議再開へ向け米朝関係が動きだし、核問題進展の見返りとして北朝鮮が朝鮮戦争終結宣言と平和体制構築を強く要求していることを背景に、この問題で中朝首脳会談が行われるのでは-との観測もある。中国の胡錦濤国家主席は今年、1月と10月の2回、金総書記に訪中を招請しており、中国側の態勢は整っているようだ。(久保田るり子)
3人の外交側近
朝鮮半島関係筋によると、現在の北朝鮮外交を担う金総書記の側近は姜錫柱・第一外務次官と朝鮮労働党の崔泰福・朝鮮労働党書記(国際担当)、同党の金養建・統一戦線部長(大臣に相当)の3人であるという。
米朝関係の責任者、姜氏はボズワース氏訪朝を担当、オバマ大統領の親書を受け取った。対南(韓国)担当の金養建氏は今夏、韓国の現代グループ会長が訪朝し金総書記と会見した際に金総書記にぴったり寄り添ったほか、故金大中元大統領の弔問団の一員として訪韓している。崔氏は今秋、中朝関係の調整に忙しい。10月末には訪中して胡主席と会見し、11月中旬は平壌で中国共産党幹部訪中団を出迎え会談した。もっぱら中国担当とみられている。
今年で国交樹立60年を迎えた中朝両国の間では1月以来、節目の首脳往来が目立った。健康不安を抱えていた金総書記が半年ぶりに公開の場に出たのは、1月に訪朝した中国の王家瑞・対外連絡部長との会見の席。王氏は胡主席の親書を伝達、このなかで胡氏は訪中を招請し、金総書記は「快諾」した。10月の60周年記念行事の際には温家宝首相が訪朝、金総書記は温氏との会談で「多国間協議への復帰の用意」を表明した。崔氏が10月末に訪中した際、胡氏は再度、金総書記に訪中招請をしている。年に2度の招請を北朝鮮メディアはわざわざ対外報道機関の平壌放送などを通じて国際的に明らかにした。「金総書記訪中準備説」はこのあと高まった。
この時期、米朝のニューヨーク接触が始まり、一方で金養建氏は10月下旬、「シンガポールで韓国政府要人と接触した」(関係筋)。10月から12月にかけて中朝、南北、米朝を担当する側近3人組が動いており、「3側近の活動は連動している」(観測筋)。北朝鮮はオバマ政権との米朝協議で平和体制への転換を強く求める主張を朝鮮労働党機関紙「労働新聞」などで繰り返している。3人組の接触先はこの問題の当事国。平和体制問題は中朝の指導者による合意が必要との背景も、金総書記の訪中説を後押ししている。
3人の軍・警護要人
北朝鮮の軍、警備要人の動きも頻繁だ。
11月中旬に相前後して、国家安全保衛部(公安警察)の禹東則首席副部長、朝鮮人民軍総政治局の金正覚第一副部長が訪中した。12月15日からは人民保安相の朱相成氏も訪中している。国家保衛部は住民の思想監視や国境の密輸など不法行為の取り締まりを守備範囲とする。軍総政治局は軍内査察のほか特殊部隊も受け持つ軍の権力部署で、金正覚氏は北朝鮮の最高権力機関、国防委員会の委員でもある。人民保安省は日本の警察庁に当たる。
いずれも「金総書記の身辺警護と体制保護業務を担当している」(韓国紙、朝鮮日報)部署であるため、その要人の訪中がまた、訪中準備説との関連で注目されているというわけだ。
金正日総書記は2000、01、04、06年に訪中しており、今回訪中が実現すれば、ほぼ3年ぶりとなる。
胡主席が金総書記に度重なる訪中招請を行った理由は、米国の政権交代と金総書記の健康問題が平行した昨夏から北朝鮮が対米強硬路線を取った今春にかけての変化を経て、ポスト金正日体制に向けてた中国の影響力を示したい狙いがあるとみられている。
一方で北朝鮮側は、国際社会に核外交で揺さぶりをかけ、「金正日一族の生き残り」の保障をかけたオバマ政権との交渉をもくろんでいる。中国が米国への影響力を強めるなかで、「中朝カード」はこれまでに増した重要性を持つ。
また、北朝鮮国内事情から金正日体制は中国の経済支援を欲しているとみられる。12月初旬に断行した貨幣の交換(デノミネーション)はモノ不足、物価高騰、食糧争奪に拍車をかけ、小競り合いや抗議、強奪など混乱が続いている。事態を沈静化させるためには食糧の供給や物資の放出しか打つ手がないが、それには中国の支援が欠かせない。
北朝鮮専門家は「胡錦濤氏は金総書記に会談ごとに改革・開放を求めてきた。同時に中国には北朝鮮の安定が最優先だ。北側の事情や中国側の関心事からいって首脳会談は時期は近いのではないか」と述べる。早ければ来年早々の訪中説も取りざたされている。