2006年1月16日のライブドアへの強制捜査から早くも丸4年。同年4月にライブドア、そして事件の舞台となったライブドアマーケティングが上場廃止になって以降、多くの投資家から起こされていた訴訟でも相次いで和解が成立している。
一般に、「捜査当局は生きている会社の強制捜査には慎重になる」と言われる。強制捜査によって会社が倒産に追い込まれる事態は極力避けたいという意志が働くためらしい。
倒産した途端に捜査当局の標的になり、結果的に水に落ちた犬を叩くが如き状況になるのはこのためだ。
その意味で、絶頂期のライブドアへの強制捜査は異例中の異例だったと言えるが、上場廃止によって否応なく世間の関心が薄れたこの4年間、ライブドア(2008年8月にLDHに社名変更)はひたすら子会社株式を売り続けた。
1株当たり6500円の配当を実施
2006年12月にライブドア証券やライブドアクレジット、ビットキャッシュなどの中間持株会社であるライブドアフィナンシャルホールディングスを、和製ファンドの草分けであるアドバンテッジパートナーズに売却したのを皮切りに、会計ソフトの弥生、中古車販売のカーチスなどを粛々と売却。
その結果、2008年9月末時点で自己資本比率は79.1%。2132億円の総資産のうち実質的な現預金が1565億円を占め、1株当たりの純資産は1万6101円。上場廃止直前の2006年3月末時点の1株純資産は185円だったから、解散価値は実に87倍に膨れ上がった計算になる。
一時は1500億円を超えた現預金は、2009年9月末時点では700億円弱、現在では約540億円前後へと、急速に減っている様なのだが、その原因は投資家への和解金の支払いと株主への配当である。
まずは和解金だが、2009年1月のフジ・メディア・ホールディングスとの和解で310億円、同年7~10月にかけて和解が成立した約2000名に対し、総額約65億円が支払われている。
このほか、LDHは2009年3月期に資本準備金を原資に、1株当たり6500円の配当を実施しているのだが、LDHの法人格の原点であるオン・ザ・エッヂ時代を含めても、配当実施はこの時が創業以来初。554億円の配当金の支払いが発生しており、続く2010年3月期でも、1株当たり1600円の中間配当を実施、136億円の配当金の支払いが発生している。
つまりは和解金で約375億円、配当金で690億円が流出しているのだが、“入り”の方は、2009年7月のフジ・メディア・ホールディングスへのセシール株譲渡による約44億円と、同年末に和解が成立した堀江貴文氏からの和解金22億円を足しても合計約66億円。
堀江氏とLDHの間で成立した和解金の総額は208億円だが、このうちLDH側が支払いを留保していた配当金が146億円、堀江氏保有のLDH株式(発行済みの17.25%)が40億円相当含まれる。従って、堀江氏との和解でLDHに入るキャッシュは22億円でしかない。
LDHは上場廃止後、有価証券報告書虚偽記載などによって損害を被ったとする3700名以上の投資家から損害賠償請求訴訟を起こされていたが、そのうち、2009年5月、約3200名を擁し、消費者問題の第一人者である米川長平弁護士が団長を務める最大グループの1審判決が下りている。この米川グループの請求総額は230億円だったが、1審判決で認定されたのは72億円。
投資家側は、強制捜査報道の前後1カ月の平均株価の差額585円を1株当たりの損害賠償請求額としていたが、1審が認めたのは、このうち虚偽記載以外の要因で値下がりしたと考えられる分を差し引いた、1株当たり200円。2009年7月には別の410名のグループの訴訟でも同様の判決が下り、米川グループの半数と、410名グループの大半が同年10月までに、1審判決通りの条件で和解を済ませている。
年間で約10億円の営業利益
残るは1審判決を不服として控訴中の米川グループの残り半数を中心とする投資家と、日本生命・信託銀5行連合である。
日本生命・信託銀5行連合には、米川グループよりも約1年早い2008年6月に1審判決が出ており、こちらは108億8100万円の請求に対し、87.7%に当たる95億4500万円。34%しか認められなかった米川グループよりもかなり高かった。
この訴訟はその後控訴審で争われ、2009年12月16日に東京高裁が下した判断では、さらに増額されて98億9600万円。請求金額に対する割合は9割に上昇した。LDH側はこの控訴審判決を不服とし、最高裁に上告中だ。
米川グループの残り半数はこの判決でさらに期待値を高めたわけだが、仮に米川グループの控訴審で請求金額の9割が認められたとしても、日本生命・信託5行連合軍の分も含めて賠償金は200億円以下で納まるだろう。
当然、1審で認定された賠償額の8割程度は供託しているだろうから、現預金が急速に減っているからといって、訴訟継続中の投資家がとりっぱぐれる懸念はまずない。
さらに、訴訟を起こしている投資家の中には、現在も引き続きLDH株式を保有し続けている投資家が少なからずいる。
現在の大株主は、上場廃止直前に株式を取得したと見られる海外籍のファンドや、外資系金融機関のカストディがずらりと並ぶが、筆頭株主でも保有割合は約2割。第2位株主だった堀江氏の持ち株17.25%はLDH保有の自己株となる。
強制捜査当時20万名と言われた株主数は、上場廃止後最初の本決算となった2006年9月末時点で13万2550名に減り、翌2007年9月末時点で7万9733名に減って以降はほぼ変わらず、2009年3月末時点でもなお7万9840名もいる。
唐突な配当は、訴訟を起こす一方で上場廃止後も引き続き株式を保有し続けていた投資家にも想定外のサプライズになっただろう。
それでは今後はどうなのか。2009年7月にセシールを売却した結果、現在のLDHの事業はインターネット事業の一本柱になっている。インターネット事業単独でなら既に黒字化しており、年間で約10億円の営業利益は稼ぎ出せる体制になっている。約15億円かかっている本社経費のうち約10億円は訴訟に絡む弁護士費用なので、訴訟が一応の結着を見れば最終黒字の可能性も出てくる。
今のところ突出した大株主もおらず、単独で100%支配を目指そうとして、少数株主の追い出しにかかるような投資家の登場もあまり現実的ではない。
ルールが明確に定まっていないだけに、再上場まで可能かどうかは疑問だが、インターネット事業を売却して清算してしまうとしても、株券が紙くずになることはあるまい。少なくとも上場廃止後も保有し続けた“居残り組”が報われたと言って差し支えない状況にはある。
迷走するライブドアマーケティング
これに対し、刑事事件の舞台となったライブドアマーケティング(旧バリュークリック、現メディアイノベーション)は不可思議な経過を辿っている。上場廃止はライブドアと同じ2006年4月。同年9月に現社名であるメディアイノベーションに社名を変更している。
上場廃止後、多数の投資家から提訴されたという点はLDHと同じだ。
LDHが保有していた同社株を売却したのは2007年1月。逮捕・起訴された岡本文人ライブドアマーケティング代表の保有株との合計34.2%の株式を、ジャスダック上場でモバイル・オフィスサプライ事業のアルファグループと、大証ヘラクレス上場で、寺田倉庫会長の長男が代表を務めるIT(情報技術)アウトソーシングのビットアイルが半数ずつ取得。取得単価は上場廃止時点の株価と同額の310円だった。
「もともとライブドアとは取引があり、社長同士も交流があったので、IT分野でのシナジーが期待できるという判断」(アルファグループ)だったという。
だが、3000億円を超える資産を次々と現金化できたLDHとは異なり、インターネット広告事業の単独商売で、100億円にも満たない資産規模のメディアイノベーションには、訴訟を抱えたままでの信用リスク負担はいかにも重かったのだろう。
事業と訴訟を分社化で分離し、事業会社にスポンサーを付け、本体は訴訟に専念する方針を打ち出す。分社化によって切り放した事業会社の株式を、まず2008年7月に66.6%、同年11月に残り33.4%と、2段階に分けてソネットエンタテインメントに売却。 この結果、現在のメディアイノベーションは訴訟と、事業会社の売却代金としてソネットエンタテインメントから受け取った現預金などの資産を管理するだけの会社になっている。
この過程で、事業を切り放した脱け殻会社の株主として残りたくない株主のために、2008年7月1日~8月12日までの期間で、自己株の取得も実施しているのだが、この時の買い取り単価は上場廃止時の終値と同じ310円。2008年6月末時点で1株当たり純資産である502.4円の6割程度の価格だったが、発行済み株式総数の51.6%に当たる株数の応募があった。
ただ、この時点ではまだ事業会社の株式の33.4%は保有しており、「事業上の取引が継続していたので」アルファグループとビットアイルは自己株買いに応募していない。
そしてこのわずか3カ月後にこの判断が吉と出る。事業会社の株式を33.4%しか持たないということは、事業会社は連結対象ではなく持分法適用関連会社になるのだから、売上高にはせいぜい預金利息収入や配当収入くらいしか立たなくなる。
将来が見えない会社に“救いの手”?
後は訴訟対応だけというのだから、将来性がある会社とは言い難いのに、この会社の買収に名乗りを上げる投資家が現れたのである。
2008年10月10日に提出された公開買付届出書によると、買収に名乗りを上げたのは、アミーズマネジメント(東京都渋谷区)なる投資会社。プライベートエクイティ投資を手がけるというSKOパートナーズ(東京都渋谷区)なる投資会社の100%孫会社である。
募集期間は当初の予定では同年10月10日~11月10日までの1カ月だったが、株主への周知徹底を図りたいというメディアイノベーション側の要望で11月25日まで延長されている。
注目すべきは433円という買付単価だ。上場廃止時の終値であり、わずか2カ月前に終了した自己株取得単価の310円に4割近いプレミアムが乗った価格だ。
アルファグループ、ビットアイルの同社株取得単価は310円で総投資額は4億円。保有株129万2162株全株について、両社ともに応募したが、ほかの応募者との応募総数が、目標株数の244万4900株を上回ったので、比例按分で買い取られずに12万8100株ずつが両社の手元に残った。だが、アルファグループは1億3900万円、ビットアイルは1億700万円の譲渡益を得ることができたのである。
ただ、翻って買い付ける側の合理性を考えると、このTOB(株式公開買い付け)には不可解な点がいくつもある。
まず第1に244万4900株という買付目標株数である。自己株が発行済みの5割超を占めるので、対発行済み株式総数では30.65%だが、議決権割合では66.0%。通常は過半数か、特別決議の議決権を得られる3分の2(66.67%)超、あるいは100%のいずれかを目標値とするのがスタンダードであるだけに、ギリギリで3分の2に届かない目標値を掲げた理由が分からない。
第2に1株当たり433円という買付単価である。アミーズマネジメントの総投資額は10億5864万円だ。2008年6月末時点でのメディアイノベーションの1株純資産は502.04円なので、解散価値よりは割安ではあるし、この時点で現預金が32億円あったので、32億円の現預金を持つ会社の66%の株式を10億円で買うわけだから、その点だけで言えば安い買い物と言えなくはない。
だが、今後の投資家との訴訟動向次第ではこの32億円がどこまで減るか分からない。
訴訟終了後に新たに別の事業を買うなり立ち上げるなりするにしても、訴訟で現預金がどのくらい減るか分からないにもかかわらず、公開買付届出書の買付目的欄には、企業価値を向上させて利益を得る、としか書かれていない。
このTOB終了から4カ月後の2009年3月末に提出された2008年12月期の有価証券報告書には、TOB開始時点では保有していた事業会社の株式33.4%も、2008年11月にすべてソネットエンタテインメントに売却した、とある。
つまりはTOB期間中、もしくはTOB終了直後に、メディアイノベーションは、全く事業収益がない、訴訟対応と現預金と貸付債権などの資産を管理するだけの会社になったということである。
そのためか、公開買付届出書では経営陣は残留が前提になっていたが、TOB終了後の定時総会で自らの意志で全員退任。一部は事業とともにソネットグループへ移っている。
その現預金残高は2008年12月末時点で21億円、2009年6月末時点ではさらに14億円に減っている。
“居残り得”は甚だ疑問
SKOパートナーズには2人の代表がいるが、そのうちの1人は清水幸裕氏。北海道拓殖銀行からライブドアに転じ、ライブドアファイナンスグループがアドバンテッジに売却された際に、ライブドア証券代表に留まって、“嫁入り先”に付いていった、あの清水氏である。
清水氏は2008年8月のSKOパートナーズ設立時からの代表であり、アミーズマネジメントによるTOBの買付代行を務めた三田証券の取締役にも、TOB終了後に就任しているが、SKOパートナーズの代表就任の経緯は不明だ。
自己株取得とアミーズマネジメントによるTOBを経た、2008年12月末時点での株主総数は6535名。この6535名が今後、LDHの株主のような“居残り得”を享受できるのかどうかは、現状では甚だ疑問だ。
こうなると10億円を投じてこの会社を買ったアミーズマネジメントの勝算こそが、居残り株主の将来を占う鏡となりそうだが、同社の回答は「公開買付届け出書記載の通り」と、実に素っ気ないものだった。